自分周辺の詩関連

自分も「新次元」に書評を書かせてもらった
ちんすこうりなの詩集「女の子のためのセックス」
詩と思想に続き、現代詩手帖でも何か書いてもらえたようだ
ちんすこうりなが、「でもそんなに褒められてるわけじゃないけどね」と写メを送ってきて一部だけ読んだ
まあにしろ取り上げてもらえているということだけでも、心にひっかかったということではあると思うし、労力を使ってくださっている
誰だって1つの視野であるしねえ
しかし直接的な詩表現に対し「時には一枚羽織ってみてもいいかもしれません」というのきガテンがいかない 安全な批評だとも言える
あるところ閉塞した現代云々といいながら
あるところもう1つオブラートに包んでもよいのではないかというのは
いかにもダブルスタンダードである
時には一枚~ というよりか
もう十分彼女は羽織っているのではないか
羽織ってなおかつ、滲み出た言葉ではないのか
皆が羽織りすぎてるから現代詩などただのマニアのものでしかないのではないか
直接的な表現は日本の美的感覚に反するだろうが
ちゃんと時代を見てくれ そんな呑気なこと言ってる場合か?
乱暴な言い方をすれば、ソマリアの海賊に向かって暴力でなく言葉を 
というのは正論というよりはただの世間知らずに俺は思う
ちと例えが下手だが・・

東京のポエトリーリーディング、詩の朗読のシーン?への違和感がある
ウエノポエトリカンジャム
ポエトリースラムジャパン (5/26にエントリーしているが)
という大きなイベントがいま東京では定期的に開催されていくようだ
長いスパンでみれば、とてもよいことだと思うが
そういった一見大きな流れの中でぞんざいに扱われたりするものがあるようで
個人的に苦情を聞くことがたまにある
大企業が成長する過程で零細が潰れていくような感覚かもしれん

志(ビジョン)がなければ、ただの人間関係に陥る
人間関係だってまあ大切なものなのだがSNSのいいね!はそれほどあてにならないものだと思う
ウエノポエトリカンジャム5で主催の二人がサプライズゲストとして出てきた時は正直げんなりした
青春の1ページとしては素晴らしいものだと思うが・・
何に向けてのサプライズなのだろうか?
まあ、今やる人が作っていくというのはまっとうだし
イベントを長期間に渡って運営していくにはある種の強い情熱が必要だ
そういった能力を備えているということは素晴らしいと思う。

ここ数日、ここらへんを書いたり消したりしていたが
これは発表したままにしよう。












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