家朗読をしてみて

人が
自分の言葉で
一人で
たつ

というだけでも良いのかもしれん
詩じゃなくたって
これはまあ表現の話ではなく、日本人についての話なのだが。

でもまあ自意識に溢れた 私見て私見て
という人だちが沢山集まるだけでは いやになるだろうね


家で朗読をしてみる
言葉と心と体の回路がつながると、何かとてつもない力が働く
眠っていた潜在能力や、休んでいた細胞が回転しだし
俺は少しそんな自分が怖い

しらふで歌うことはあっても
しらふで朗読をしたことがない

今日しらふでしてみて ああ しらふでも出来るんだなと思った
しかし
酒を飲んでおかしくなっているのなら酒のせいに出来るが
しらふでおかしくなってきたらそれは本当におかしい人なのではないかと
もう戻れないくらい頭のおかしい人になってしまいそうで怖い
しらふで自分の詩を読んでいると頭がおかしくなってきそうだ
そして、そこに行きたいと本当は思っている
こんなに力を抜いてやれるのなら(まあ家の外に出ればもう少しまた緊張するが)
一時間位一人でできるかもしれんと新たな展開をみつけた
もっと自然体でよかったのか しらなかった
R1ぐらんぶり一回戦で負けたことも
あそこに寄り道して得たものがさっきの家朗読でわかった
いま
気をはらないのでおり
くだけてリラックスしてて
そういえば
その面でマイアミというすごい詩人?が京都にいる









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