本日、横なぐりの成長痛

夜布団で、千鳥の動画を漁る
二人共愛しく、かわいく思える
コンビの両方を好きになるというのはめずらしい
どんなにボケても拾われれば嬉しい
拾われるとうことは、忘れられていないということだ
拾われなければそれはボケでなく狂人になる
野性爆弾のくっきーもなかなか なかなかすごい
新しいものの見方を提示してくれるのはいま、アーティストとかより芸人である気がする
自分は新しいもの見方や切り口を愛する

先日、R-1の決勝をテレビで少し観た
俺もこれに出た
予選の一回戦に

テレビという枠組み、大勢の観客、録音・再生される拍手と笑い声、著名な人々、大道具と照明、集団心理、組織と企業によるバックボーン
そういう舞台装置があって、なんとなくそれっぽく
一般に「それらしく見える」というところもあるわな、とテレビをみて思う
負け惜しみもある
敗因をあれからずっと気にしていたのだが
ネタ云々というよりも
俺は笑えないのだろう
俺がステージにたった瞬間、みている人はもう 笑えないのだ
その時点で多分おれは、多くの芸人さんの足元にも及んでいないのかもしれない

今日はこれから外出だ
錦糸町に一人芝居「横なぐりの成長痛」を観に行く
関わる人達は俺の形成する人間関係のなかでは、近しい人ばかりだ
詳しくしは知らないが、長い期間稽古したり、色々してきたのだと思う
一時間半に及ぶ一人芝居とはなかなか壮絶だ
やる側にしろ、見る側にしろ
まあ自分なら出演したくないと思う
見る側にしろ、つまらなければすごくしんどい
良いところを探せば、よいところは見つかるが
それは別に家でも見つかる
家にしろ全世界だ
しかしまあこういう外出が春先にあるのもいい
やる側が抱いているプレッシャーなどを想像すると
3000円払えば馬鹿面下げてその場にいてもいいというのはすごく気が楽に思える
錦糸町で逢おう

横なぐりの成長痛
http://yokonaguri.seesaa.net














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