希望

演説をする自分を想像する
ライブハウスより多くの人に届くはずだ
そして自分は演説をうまくやれる自信がある
スポークンワーズであろう
十代の頃にもパンクロックの延長でそういうことを考えていた時期があった
詩云々よりも
人々や世界そのものが、自分にとっては大切で重要だ

朝まで生テレビのウーマンラッシュアワー村本がでた回をみた
まあ俺は別に村本はどちらかといえば嫌いだが
村本のような発想は、素人・無知として受け付けてもらえないのだなあとおもた
そしてみんな世界を良くしたい為に話し合っているというよりは
俺が一番に頭がいいんだというような競争をしてるようにも思え
10分くらいでまあ観るのはやめたが
おっさんたちが適当に感情的になったり喧嘩したりするショウなのかもしれない

反権力系の人やグループの主張は
反動的であったり
陰謀に行き過ぎたり
被害者ロールプレイに偏りすぎてしまうところが気になる
世の中がひっくり返り、この人達がトップになっても世界は変わらないだろうなと思ってしまう
権力を握る人がただ変わっただけというか・・

話せば分かるというのは一理だが
話すから分からなくなるという側面もある

よい人たち、やさしい人たち、というような人もたくさんいるが
彼らは静かに楽しく暮らすことを望むだろう
家族がやっていけるだけのお金があり、自然に親しみ、仲間がいればいいではないか
自分もできるのならばそうしたいが
何かがあぶれてしまつているようだ

独白と行動
ということを考える
その他のことは自分にはおそすぎる

みんながそうしてるから私もそうする
あるいはみんながこうしているから俺は逆に張るぜ
というのは共に「みんな」を前提に置いているのである意味たいして違いがない

過労死の一番の問題点は
人は、自分が苦しいということに 気づかなければならない 
ということだと思う

ただ日本人の特性として
集団にいると強くなるので
いろいろな反権力的な運動や言動をみてもいまいち共感して一緒に戦おうと思えなってしまう

自分は知識や情報?にすぐれた人間ではないし
誰が頭いいか大会に参加するつもりもないので
最低限の理論で最大限の効果を産む なにかについて今は考えている

貧乏人にも利権はある
何かの被害者団体にも性格の悪いやつがいる
障害者にも根っから根性がひんまがった奴はいる

人類には共通したトラウマがありそれをどう克服するかについて自分は話したい

例えば、
一人ぼっちがこわい
すごく沢山の人に共通する恐れだ

自分がひとりぼっちにならない為に
いろいろな工作を人々は練る
それを何百年繰り返しつみかさねている

一人ぼっちが
孤立は怖くない
そもそも人は完全に孤立した状況にはなりえない

ということを70億のうちの
15億くらいの人が体感するだけで
世界はガラリと一変すると思う

まあ俺は理論は下手なので
これは1つの例えなのだが・・































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