仮の無頼

昭和五十二年

父が
借家の隣の畑で
犬と喧嘩をしておるのを
生まれたばかりの弟を抱く母と
見ていた

まだ自分が幼かった頃
門真のアパートで
父は押し入れに墨守で

無頼

と書いたそうである
母はその単語の意味が分からず国語辞典で調べたそうだ
そして、ぞっとしたのだという

父と結婚する前に
紀伊の御曹司にプロポーズされていたのだという
三度目の東京に挫折をし
田舎に帰っておったころ、母にそんな話を聞いた

「あの人と結婚しとればよかったなあ」

ふと母が鉄腕ダッシュのCM中に漏らし
そうだね、といったふうに うなづきながら番組の再開を待った
TOKIOは 世代を問わずに好感度を持つアイドルである


昭和五十五年

父の暴力に耐えかねた母は七歳の俺と五歳の弟を連れ
実家である鳥取県に長距離トラックのヒッチをして帰還する
豊富なラジウムの含有量をほこる鳥取県中部の温泉地三朝にて馬野家親族の会議が行われ
父は、行き先を倉吉と倉敷を間違えたタクシーに乗り
俺は七歳児らしく、会議が行われてる隣の部屋で絵を描いていた















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